久しぶりに会った友人と街へ出て喫茶店に入ったりふらふらと歩いたりした。

安売りの輸入雑貨屋でなんかフワフワした丸いものがカード立てにくっ付いたものを買った。(写真中央)友人に、「まさかそれを選ぶとは思いもしなかった」といった意味のことを言われた。f:id:FUKUNAGA_Kana:20191128194852j:plain

冷たい小雨の降る中、コリアンタウンにある百円ショップに寄る。私はこの店が好きで、近くを通る際は何か目新しい商品が入荷されていないかを見に立ち寄るようにしている。陶器製の恐竜の置物、タコ型の灰皿など多少惹かれるものを見つけたものの特に何も買わずに出た。

歩いているとき突然舌の上に硬い感触があり、確かめると象牙色の小さな欠けらが口から出てきた。歯が欠けたかと舌で口内を弄るも特に欠けた部分は見つからない。結局何だったのかわからない。

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人と接触する毎に自分の醜さや未熟さがどんどん露呈して苦しい。自分の犯したミスに気がつくと、それがどんなに些細なものでも過去に起きた数々の負の記憶と結びついて芋づる式に思い起こしてしまう。「過去のことはどうでもいい」や「ありのままの自分を受け入れる」は性格的にできない。

同じような悩みを持つ人は少なくないのだろうなと想像するが、それを自身を補填するきっかけと捉えられるかどうか、もしくはそれを抱えながらも別の捌け口や生き甲斐でプラマイゼロにできる能力を持っているかで進退が変わってくるのだと思う。私の場合は、ただただ苦しんで疲れ切って眠りに逃げるか、仕事に出て頭をキャパオーバーにすることでその考えを一旦追い出すかで、運よくループから脱するのを待って何もしないまま澱を年々積み上げているような感じ。幼い自分が(漠然とだが)なりたいと思っていた人物とは程遠い場所にいる。そしてそのギャップに何度もがっかりする。その繰り返しをずっと、飽きもせず十年二十年とやっている。

なぜ、足りない点を補填しようという前向きな思考になれないのか。それを行う思考力も行動力も忍耐力も身に付ける努力をせずにこの歳になったからだ。考え方がわからないので立ち向かい方もわからない。原因を考えるとすると、多分めちゃくちゃに勉強が足りていない。なぜなら不登校気味を小学校から始めてその後もずっと続け、大学中退に至るまでそれを直せなかったから。学校に行かない時は家にいて、大概は眠っていた。そしてそれに伴って経験も足りていない。この勉強と経験の不足による思考力の欠如は成人した今様々な場面で支障をきたし、例えば作品や物語などに触れたときに表面的なものしか汲み取れず、好き嫌い以外に感想が何も浮かばないなど。もっと考えたいのに考えられない。対人関係における失言や失態もそれが原因になっている可能性があるし、元々の勘の鈍さや気の回らなさも追い討ちをかけてミスを頻発させてしまうのだろう。そして自己嫌悪に陥る悪循環で、コンプレックスが増大していった。

なら今からでも勉強をやり直したらいいんじゃないかと、まずは小学校から、特に苦手だった算数のドリルと漢字ドリルを揃えて手をつけ始めた。ひと月ほど前のことである。理科全般や歴史も壊滅的だがそれは後回しにした。やってみると小学校時分の、机に向かうのがしんどくて仕方ない状態が当時と全く同じ感触で、鮮明に蘇ってくる。身体をぐねぐねとねじりながら眉間にしわを寄せて握力の乏しい手で書いた数字や文字は、ドリルの上をぶるぶるとのたうち回る。そう言えば鉛筆の持ち方(そして箸の持ち方)も未習得だった。なんなんだ本当に、今まで何をして生きていたんだ。背中がぜんぶ痛い。早く横になりたい。

このやり方でいいのかわからない。悩み方としても全ての問題を引っくるめて考えているようで、間違っている気がする。けれど間違いを指摘する人間はもういない、もう大人になってしまったから。 

最近は、今際の際に後悔まみれで真っ黒になって混乱した状態で死んでいく自分を想像しながら眠りにつくことが習慣化してきている。

 

毎日セブンイレブンのマスカットミックスジュースを飲んでいる。一日500ccは飲んでいる。少し前まではたっぷりチーズのもっちりピザパンを週五で食べていた。あとバナナチップスチョコ。これは今も職場のロッカーにストックが入っている。ミルクチョコのしっとりフランス、フジパンのレモンケーキも一時期続けて食べていた。

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五年位前にファミリーマート限定で発売された赤城乳業のチョコミント氷にハマって、その夏は毎日それだった。とても気に入っていたのに夏が終わると見かけなくなって悲しかった。数年たって、それと同じものがガリガリくんのチョコミント味として復活して嬉しかった。今年の夏も毎日のように食べた。

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何年も前にセブンイレブンから出ていたチョコレート羊羹という商品にもだいぶハマった記憶がある。三センチ×五センチほどの四角いプラカップに入った水羊羹という体で、チョコレートの味がする。少しざらっとした舌触りでさっぱりして甘すぎず、私はかなり気に入っていたが地味な見た目も手伝ったのか売り場からはすぐに消えた。どうしてもまた食べたくて、セブンイレブンにメールを送ったが再び見ることは今に至るまでない。

もうひとつ思い出したのはタカナシ乳業のルイボスラテ。これは去年期間限定で発売されて、その後復活はしていない。再販を強く望んでいる。

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同じものばかり食べ続けるのは悪癖の部類になるのだろうか。ただコンビニの商品の入れ替えは異常に早いので、つい気に入ったものばかり買い求めてしまう。

 

お昼にシーフードカレーを食べる。エビ、ホタテ、つぶ貝に混ざって、キクラゲが自分もシーフードですよという顔をしてカレーソースに沈んでいる。福神漬け、小粒のらっきょう、レーズンが各テーブルに備え付けられているので、それぞれ好きなだけカレーに添えて食べることができる。らっきょうはずっと苦手で、最近になって少し食べられるようになった。

雨の中傘をささずに恋の歌を聴いている。私は濡れるのが嫌だからというより、雨の中傘をささずに濡れて歩く変なヤツだと思われないようにという意識で傘をさしていると思う。本降りにならない限り傘を持っていても限界まで開こうとしない。濡れて斑らに模様の出来たスエットをすれ違う人が凝視するような気がする。画面に黒い水たまりのできたiPhoneを握りしめている。レインシューズは持っていないので、水たまりは避けて歩く。時々勢いをつけて飛び越える。

(2018年6月15日)

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大阪のナイスショップスーがフランスlagon協力のもと制作する雑誌『快晴』に五番街マックとして参加します。
雑誌の完成に先駆け、大阪の「ペフ」にて参加作家によるグループ展が開催されます。
展示は前期(2018年4月9日-18日)・後期(2018年4月21日-30日)に分かれ、五番街マックは後期に参入致します。
詳細 http://vg.pe.hu/jp/kaisei.html
お見逃しなく!

大雨の中用事を済ませ、ふるいジャズを聴きながらフライドチキンを食べた。
ぬれてグチョグチョになった靴下は幾つになっても気持ちのわるい物だ。
知らない底で、知っている君に会う。
何もしなくても、何も起きなくても、勝手に過ぎ去っていく。
それを乾いた眼をこすりこすり眺めている。